海洋の音速構造と音速の算出式 --解説--

 

海の中では,音の世界です。それは,海水のなかでは,電波や光は,すぐに弱くなってしまいますが,音波は遠くまで伝わるからです。昔から船乗りたちは、経験的に音は水中でよく伝わることを知っていました。20世紀の初めに,豪華客船のタイタニック号(映画は大ヒットしました)が北大西洋上で氷山に衝突して多くの人命が失われました。それが引き金になり航路の障害物を音波で探知しようという研究が始まりました。その後,第一次世界大戦が勃発し,ドイツの潜水艦を探知するためにソーナー(sonarSound Navigation And Ranging―水中音波探知器)の研究が開始されました。その後,第二次世界大戦中に武器として飛躍的に進歩したソーナーは,戦後,魚群探知機や音響測深器などの平和目的に転用され,私たちの生活に大きく役立っています。

 音響測深器の原理は,図1のように,海底に向けてある特定の周波数の短い音(音波パルス)を発射し,海底から戻ってくる音を受けて,往復時間を測り音速から海の深さ(水深)を計算します。魚群探知機なども探知する対象が海底から魚群にかわるだけで基本的には同じです。こうしたシステムは例外なく、音速が正確に予測できることを前提としています。

 1のように海底に向かって発射された音波パルスが海底で反射されて海面に戻ってくる時間を正確に計測し、その時間に平均音速を乗じて2で割れば水深(海面から海底までの距離)を求めることができる。しかし、計測員がストップウオッチで海底からの反射時間を計ることからから始まった時間計測技術は、電子工学技術の進歩によりどんどん正確になってきている。しかし、肝心の音速が正確に求められなければ、水深を正確に求めることができません。

 

 19世紀になると科学者たちは音の速度が一定であること予想し、予測することができるなら便利な道具になるかもしれないと考えました。研究分野としての水中音響学は、1826年にダニエル・コラドンがスイスのジュネーブ湖で水中の音速を測ったときに始まりました。コラドンは2隻のボートを16km離して配置しました。

 上の図のように1隻目には大きなラッパ状のものに膜をぴったり張って水中音に反応するようにした道具をくくりつけました。2隻目には、水中に釣鐘をつり下げました。甲板には小さな閃光(せんこう)装置が置かれ,その閃光装置と連動して、水中につり下げられている大きな鐘をならすためのハンマーが取り付けられていました。2隻目のボートに乗っている鐘を鳴らす係が装置を作動させると,閃光装置からまばゆい光が立ち上り、同時にハンマーで水中の鐘を打ちならしました。コラドンの理論では、閃光装置からの光は16kmを瞬時に伝わりますが、水中の鐘の音は同じ距離を伝わるのにある程度の時間がかかると予想していました。1隻目のボートに乗ったコラドンは、閃光があがるのをじっと待ち、見た瞬間にストップウォッチをスタートさせました。そして,鐘の音が聞こえたところでストップウォッチを止めたのは,約10秒後でした。様々な計測装置や水中音響学が発達した今日の標準からいえば、コラドンの実験法はきわめて粗雑に見えるかもしれません。しかし、彼が実験に基づいて計算した値(水温8℃における秒速1435m)は、現在一般に利用されている真水の音速の値(秒速1438m)に対して誤差は,わずか0.2%の範囲内に収まっていました。

 その後,1901年には船舶の航行安全のために電波音響測距装置や1912年には海の深さを測る測深装置が発明され,海中の音速をより精密に知ることが必要になりました。そこで,1923年にステフェンソンは,ニューヨークのロングアイランド海峡であらかじめわかっている距離におかれたハイドロフォン(水中マイク)を使って爆弾の爆発音の伝搬時間を測定しました。これとほぼ同時期に,ヘックとサービスという人が測深装置により海底から反射した音波パルスの伝搬時間を測定し,重りとワイヤを使って得られた深度と比較して音速を求めました。その結果,海中の音速は,水温と塩分(塩が溶け込んでいる割合)と圧力(水深)の3つの要素が複雑に関係していることが分かってきました。その後,多くの研究者や技術者によって長い時間をかけて海水の音速換算式が正確に求められるようになりました。

 

海水中の音速は、海洋音響の最も基本的で重要なパラメータであり、海中で最も基本的重要な距離計測のために音速値が用いられています。

海中の音速cは、体積弾性率Kと密度rと関係として次のように表わせられます。

       ………(1)

1Krは、水深(圧力)による海水のわずかな圧縮の変化と水温と塩分による密度の変化によりそれぞれが変動するため簡単な式では表せませんい。 過去において(1)式を水温T()と塩分S(‰)水深Dm)または圧力Patm)の関数として表すために様々な研究者により、様々な実験式(現場式)が提唱されてきました。古くは、1938年の日本の桑原の音速テーブル[1]から始まり、電卓の普及とともにWilson(1960)[2],Medwin(1975)の実験式などが知られています。

近年よく使われる主な算出式としては、簡易式としてMackenzie(1981)[3]Coppens(1981),[4]、厳密式として、Del Grosso(1974)[5]Chen & Millero(1977)[6]らの式があり、いずれも米国音響学会誌に発表されたものです。

現在一般に広く用いられている音速式は、Chen & Milleroの厳密式を基にしてUNESCOで制定[7]されたものです。この式の有効範囲は、T=040℃、S=040psu,P=0100MPaとほぼ海洋全域の環境を網羅しています。

しかし、Meinen [8]Dushaw[9]Leroy[10]らは、UNESCOの式の差異を最新の計測値を基に修正する提案を行っています。

この計算サイトにおける圧力Pの値は、重力の影響を考慮し、Leroy Parthiotの文献[11]に従って緯度を入力できるようにしています。水温スケールは、1990年国際温度目盛りITS-90[12]を使用しています。

 さて、音速が水温と塩分と圧力の関数であることから、海水中での音速は、おもしろい性質を示します。通常の深海域では、図2のように塩分と水温と圧力の寄与により深度方向の音速プロファイルが形成されますが,水温と圧力の寄与が大きく、塩分の寄与は、あまり大きくありません。

水温、塩分、圧力計測装置の解説

形成された音速プロファイルには、図3のような名前が付けられている。この図のように水深1000m付近に形成されるサウンドチャンネル軸を中心にを伝搬する音波が数千kmまで到達することができます。

また、地球上様々な海域において、水温や塩分の違いから図4のようないろいろなプロファイルのパターンが形成されます。 

 図4ABのパターンが一太平洋の中緯度海域での一般的なパターンである。Cの地中海では、日射量が多く全体が暖められるため、水温がほとんど変化しないため水深(圧力)の変化だけで音速が大きくなっていく。また、Fの北極では、水面付近で氷が形されるため、水温が低く、ある程度深いところでは、水温が変化しないため、水深の変化だけで音速が大きくなっています。

 

  

[1]    S.Kuwahara,"Velocity of sound in sea-water and calculation of the velocity for use in sonic sounding", Hydrographic Rev. 16,123-140,1938

[2]    W.D.Wilson, "Equation for the speed sound in sea water",J.Acoust.Soc.Am.Vol.32,1357( L ) ,1960

[3]    K.V. Mackenzie, Nine-term equation for the sound speed in the oceans.J. Acoust. Soc. Am. 70(3), pp 807-812,1981

[4]    A.B. Coppens, Simple equations for the speed of sound in Neptunian waters ,J. Acoust. Soc. Am. 69(3), pp 862-863, 1981

[5]    V.A. Del Grosso, New equation for the speed of sound in natural waters (with comparisons to other equations), J. Acoust. Soc. Am 56(4) pp 1084-1091, 1974

[6]    C-T. Chen and F.J. Millero, Speed of sound in seawater at high pressures ,J. Acoust. Soc. Am. 62(5) pp 1129-1135, 1977

[7]    N.P. Fofonoff and R.C. Millard Jr. Algorithms for computation of fundamental properties of seawater, UNESCO technical papers in marine science. No. 44, Division of Marine Sciences. UNESCO, Place de Fontenoy, 75700 Paris. 1983

[8]    C.S. Meinen and D.R. Watts, Further evidence that the sound-speed algorithm of Del Grosso is more accurate than that of Chen and Millero , J. Acoust. Soc. Am. 102(4) pp 2058-2062,1997

[9]    B.D. Dushaw, P.F. Worcester, B.D. Cornuelle and B.M. Howe, On equations for the speed of sound in sea water  J. Acoust. Soc. Am. 93(1) pp 255-275 , 1993

[10] C.C.Leroy, S.P.Robinson, M.J.Goldsmith, A new equation for the accurate calculation of sound speed all ocean,J. Acoust. Scc. Am. 124(5), pp2774-27782, 2008

[11] C. C. Leroy and F Parthiot, Depth-pressure relationship in the oceans and seas , J. Acoust. Soc. Am. 103(3) pp 1346-1352, 1998

[12]    G.S.K.Wong and Zu, Speed of sound in seawater as afunction of salinity,temperature and pressure, J. Acoust. Scc. Am..,97,1732-1736,1995