海のなかは音の世界 2

海中で大活躍 する"音"の話

2艘のボートを使って水中の音速を測定する実験が行われたのは、いまから170年以上も前のことでした。電波や光は、水中ですぐに弱くなってしまいますが、音波は遠くまで伝わります。この音波の特性を利用し、魚群探知機や音響測深装置など、"音"を使った様々な機器が開発されてきました。

水中音速の測定実験

 海のなかは「音の世界 」です。電波や光は、海水のなかではすぐに弱くなってしまいますが、音波は遠くまで伝わるからです。

昔から船乗りたちは、経験的に音は水中でよく伝わることを知っていました。そして、20世紀の初め、豪華客船のタイタニック号(映画は大ヒットしました)が北大西洋上で氷山に衝突して、多くの人命が失われました。それが引き金になり、航路の障害物を音波で探知しようという研究が始まりました。その後、第一次世界大戦が勃発し、敵の潜水艦を探知するためにソーナー(SONAR:Sound Navigation And Ranging=水中音波探知機)の研究が開始されました。第二次世界大戦中に武器として飛躍的に進歩したソーナーは、戦後、魚群探知機や音響測深機などの平和目的に転用され、私たちの生活に大きく役立っています。

音響測深機の原理は、図1のように、海底に向けてある特定の周波数の短い音(音波パルス)を発射し、海底から戻ってくる音を受けて、その往復時間を測り、音速から海の深さ(水深)を計算します。魚群探知機なども、探知する対象が海底から魚群にかわるだけで基本的には同じです。こうしたシステムは例外なく、音速が正確に予測できることを前提としています。

                 

        1 音響測探機                    2 19世紀に行われたコラドンの実験(1826年スイスジュネーブ湖)

 19世紀、すでに科学者たちは音の速度が一定であること予想し、予測することができるなら便利な道具になるかもしれないと考えました。研究分野としての水中音響学は、1826年にダニエル・コラドンがスイスのジュネーブ湖で行った水中の音速を測る実験に始まりました。コラドンは、2艘のボートを16km離して配置し、図2のように、1艘には大きなラッパ状のものに膜をぴったり張って水中音に反応するようにした道具をくくりつけました。2艘目には水中に釣鐘をつり下げました。そして、甲板に小さな閃光(せんこう)装置を置き、その閃光装置と連動して、水中につり下げられている大きな鐘をならすためのハンマーが取り付けられていました。2艘目のボートに乗った鐘を鳴らす係が装置を作動させると、閃光装置からまばゆい光が立ち上り、同時にハンマーが水中の鐘を打ちならしました。コラドンの理論では、閃光装置からの光は16kmを瞬時に伝わりますが、水中の鐘の音は同じ距離を伝わるのにある程度の時間がかかると予想していました。1艘目のボートに乗ったコラドンは、閃光があがるのをじっと待ち、光を見た瞬間にストップウォッチをスタートさせました。そして,鐘の音が聞こえたところでストップウォッチを止めたのは,約10秒後でした

様々な計測装置や水中音響学が発達した今日のレベルからいえば、コラドンの実験法はきわめて粗雑に見えるかもしれません。しかし、彼が実験に基づいて計算した値(水温8℃における真水の秒速1,435m)と、現在一般に利用されている真水の音速の値(秒速1,438m)との誤差は,わずか0.2%の範囲内に収まってい るのは驚くべきことです。

海の中で利用される「音

 その後、1901年には船舶の航行安全のための電波音響測距装置、1912年には海の深さを測る測深装置が発明され、海中の音速をより精密に知ることが必要になりました。そこで、1923年にステフェンソンはニューヨークのロングアイランド海峡で、あらかじめわかっている距離におかれたハイドロフォン(水中マイク)を使って、爆弾の爆発音の伝搬時間を測定しました。これとほぼ同時期に、ヘックとサービスという人たちが、測深装置により海底から反射した音波パルスの伝搬時間を測定し、重りとワイヤを使って得られた深度と比較して音速を求めました。その結果、海中の音速には、水温と塩分(塩が溶け込んでいる割合)と圧力(水深)の3つの要素が複雑に関係していることが分かってきました。その後、多くの研究者や技術者によって長い時間をかけて海水の音速換算式(注1)が正確に求められるようになりました。

 すべてのソーナーシステムは、「パッシブ」または「アクティブ」のいずれかに分類されます。パッシブ・ソーナー(受動型音波探知機)は、自分から音を出すことができない軍事用の潜水艦などで利用されています。自ら音波を出すことはせず、外部から発せられた音(船のスクリュー音や海洋ほ乳動物の音など)を水中聴音器によって受信し、音波が来る方向を求めています。一方、アクティブ・ソーナー(能動型音波探知機)は、自ら音波を発信し、海中を伝わって標的に反響して戻ってきた音波を聴音装置により受信します。軍事目的以外のソーナーは、事実上すべてアクティブ・ソーナーです。コンピュータの進歩によって、さらに正確な音速が瞬時に計算できるようになり、海中物体までの距離を正確に求めることができるようになりました。最近では、いろいろな用途別に様々なアクティブソーナーが開発され、一般にも販売されています。

 

    

   

             (1)パッシブソーナー               (2)アクティブソーナー

           

                 図3 ソーナーの種類

■ 注1 音速換算式 計算サイト

 水温、塩分、圧力(水深)から海中の音速を計算するための式のこと。計算機がない時代は、換算表という形で提供されていました。初期のものとしては日本人が作成した桑原の表(1938年)が有名で す。電卓が普及するとウイルソンの簡易式(1960年)がよく使われました。コンピュータが一般に利用できるようになって、複雑ではあるがより正確なデル・ グロッソの式(1974年)やユネスコで決めたチェンとミレーロの式(1983年)などが利用されています。また,レビタス(1982年)らによって全世界のいろいろな海域の季節別の音速の平均値が求められ,測深機などで利用されてい ます。

Chen and Millero (UNESCO) の音速換算式

UNESCが制定した国際標準の音速換算式として,Chen Millero (1977)の式が有名です。この式は,複雑な一次式で表され,深さではなく圧力を使用します。出版されているUNESCOの報告書では,Fofonoff Millard (1983)の論文が参照され,さらに1990年の国際温度スケールの採用にあわせて,Wong Zhu (1995) によって,アルゴリズム中の係数が再計算されました。さらに、Mackenzie (1981)によって簡単で実用的には十分とされる次のような式が作られました。この式では、圧力ではなく深度が使われているので実用的です。

式は、次のようなものです。

c(D,S,T) = 1448.96 + 4.591T - 5.304 x 10-2T2 + 2.374 x 10-4T3 + 1.340 (S-35) +1.630 x 10-2D + 1.675 x 10-7D2 - 1.025 x 10-2T(S - 35) - 7.139 x 10-13TD3

 

T = 水温(°C)

S = 塩分(千分率)

D = 水深(m)

 

有効範囲: 水温  2〜40 °C, 塩分 25 〜40 千分率,水深 0 〜8000 m